特別展「国宝 天神さま」オープニング記念演奏

西日本鉄道創立100周年記念 ・ 九州国立博物館開館3周年記念
「国宝 天神さまー菅原道真の時代と天満宮の至宝」

特別展記念 マンドリン コンサート
2008年9月23日(火・祝) 1回目 13:00 2回目 15:00
九州国立博物館ミュージアムホール

演奏 マンドリン・コレギウム・九州
( 九州大学マンドリンクラブOB・OG)
指揮 高宮 哲郎

 

 

 

 

 

 

 

プログラム
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲 P. マスカーニ 作曲
地上の星(NHK・TV「プロジェクトX」主題歌) 中 島 みゆき 作曲
少年時代 井 上 陽 水 作曲 (間) 作曲
(間)
交響詩「失われた都」(都府楼) 鈴 木 静 一 作曲
 
・廃墟に立つ ・過去追想 ・大陸文化の渡来  
・ 行列 ・蒙古軍船の襲来 ・過去の追想 ・終曲
☆☆☆
ご挨拶

 本日はお忙しい中、「国宝 天神さま?菅原道真の時代と天満宮の至宝」 特別展記念 マンドリン・コンサートにお越しいただき誠にありがとうございます。
今回のコンサートは、今から40年前、太宰府天満宮、そして都府楼を中心とするいわゆる大宰府をテーマに書かれた作曲家鈴木静一氏の交響詩『失われた都』(副題『都府楼』)をメイン曲としております。本曲の献呈、初演の栄誉を頂いた九州大学マンドリンクラブのOB・OGで構成するマンドリン・オーケストラ『マンドリン・コレギウム・九州』 に、記念演奏の機会を与えていただいたことは現役・OB・OGの誇りとするところであります。
鈴木静一氏は戦前戦後に時代劇映画のBGM作曲家としても著名で「鞍馬天狗」や黒澤明監督の「姿三四郎」等500曲に及ぶ作曲をされています。本日はメイン曲の前に皆様馴染みの曲を3曲演奏します。最後までごゆっくりとお聞きください。

マンドリン・コレギウム・九州のご紹介

5年前、九州大学マンドリンクラブ創立80周年記念合同演奏会の参加者中心に還暦前後の同窓生が集まりOB・OGだけの演奏会をやろうと思い立ち、今年8月で6回のサマーコンサートを持つことができました。
一回目は50から60歳代のOB・OG 22名を中心に現役5名の賛助を受け27名の演奏会でしたが、今年はその現役学生達も卒業し、輪も広がりOB・OGは44名と倍増、現役14名のほかに管楽器等の賛助出演を受け総勢70名近くのコンサートとなりました。
親子のような年代差で席を並べお互いにマンドリン音楽を楽しんでいます。周りの方から、音楽という趣味を持つことを羨ましがられています。2010年には現役クラブも創立90周年となり、またコレギウムのコンサートも8回目を迎えることとなり、お互いに夢は大きくなるばかりです。

曲 目 解 説
交響詩「失われた都」 作曲家自身の解説より

青い夏草の中に、いくつもの礎石がうちすてられていた。 長い年月の経過を物語る石面の磨滅…。その配置からは、或る造形が読みとれる。はっきりと。かつては壮大な建造物が、これ等の礎石の上に、軒をそばだてていたのであろう。赤い太い円柱―白い壁―そして青の屋根。〈大宰府都府楼〉の名称から考えられるのは、此処を中心として、繰り広げられていた都のたたずまいである。間近に広がる玄海を距て、相対する朝鮮を経て、唐からの外来文化が華やかにいろどっていたと言う都。では! そこには、どんな人が住み、どんな生活が営まれていたであろう。此処は外に向かい、もっとも早く開かれた日本の玄関であったが、一方では多くの日本人を送り出している。 遣唐使・留学生・仏教徒—或る時は多くの軍船を送りだしている。
この太宰府の西で筑紫平野をよぎる“水城”(みずき)と呼ばれる防塁の遺溝は、此処が決して平和のみでなかったことを物語る。此処は幾度となく外敵に狙われている。ことに鎌倉時代に起った元寇の変は最大の国難であったようである。もしその時、大暴風が博多津の海を埋め尽くした蒙古の軍船を、一夜にして全滅させなかったら、日本の歴史は大きく塗変えられていたかも知れない……。
回想は、大宰府にまつわる菅原道真の悲劇を織り混ぜ、果てしなく広がる。しかし礎石は何も語らない。ただ生え茂る夏草に埋もれ、とりつく島もない。沈黙を守り続ける。この交響詩の結尾はドミナントで結ばれている。不完全休止であるが、意図しての終止であることを念の為附記する。
1968年夏 太宰府にて

寄稿文より(昭和44年(1969)年発行 GMO機関紙「フレット」第12巻・第2号(通号第50号))

私は過去に幾度か九州を歩いている。所謂、名所案内での名所は一応訪れているが、西都原墳など、歴史的にも考古学的にも興味深い“名所”を見落している。この太宰府にしても、戦前一度訪れたが、それとて一旅行者としての浅い見聞だけに終わっている。
 昨年初夏、九大MC部員の案内で、太宰府都府楼遺跡を見物し、太宰府が<天神さまだけではない>ことに気付き強い感動を覚えた。そして小学生時代、軍国主義でたたき込まれた太宰府の波乱多い成り立ちに思いを馳せ、久しぶりに湧き上がる制作欲にゆさぶられた。その夜、旅宿で思いつくままに書きとめたモテイヴは全部、なにか、激しい感情を含むものばかりで、それをどう大宰府に結びつけてよいのか戸惑った。私がその原因が、防人の聯想ではないかと考えたのは、帰京してからであつた。 しかし私の観念*の中の“防人”は、その軍事的の動行ではない。遠い天国の詩歌の中に謳われた“防人”である。ならば、父を、夫を・・・そして子を、戦の場に送る女の悲哀である筈である。大いに迷ったが、結局太宰府でつかんだ楽想のままに書き始めた。  ことに気付き強い感動を覚えた。そして小学生時代、軍国主義でたたき込まれた太宰府の波乱多い成り立ちに思いを馳せ、久しぶりに湧き上がる制作欲にゆさぶられた。その夜、旅宿で思いつくままに書きとめたモテイヴは全部、なにか、激しい感情を含むものばかりで、それをどう大宰府に結びつけてよいのか戸惑った。私がその原因が、防人の聯想ではないかと考えたのは、帰京してからであつた。
 しかし私の観念*の中の“防人”は、その軍事的の動行ではない。遠い天国の詩歌の中に謳われた“防人”である。ならば、父を、夫を・・・そして子を、戦の場に送る女の悲哀である筈である。大いに迷ったが、結局太宰府でつかんだ楽想のままに書き始めた。
 3/4 Allegro Furioso(*) 結果的にはこれが“失なわれた都”の主題となったが、書いている時の気持では表題を“防人”とするつもりだった。その後、防人の和歌を調べるつもりで万葉集を手にした時、あることを思い出した。それは、京都の仕事をしていた頃、よく歩いた飛鳥でのことである。 なだらかな丘のつらなる飛鳥路の、のどかな麦畑などを歩いている時、不意に説明しようのない“不安感”に襲われることがあつた。言うまでもない。かつての飛鳥路を中心に続出した天皇一族の、血で血を洗う相剋の舞台であった飛鳥路である。<血なまぐさい聯想もうかがえるだろう>と私なりの解釈で済ませたが、今考えるとその時の“不安感”と大宰府でのそれとには、類似点があるのに気付いた。
 では、それは何か?訊かれてもはっきり言葉に表せないが、強いて言えば卑俗な言葉だが<血が騒ぐ>と言う形容が、ややそれに近いニュアンスを持つ。人間には、異状な環境とか状態におかれた時、常識では割切れない霊とか感(フィーリング)が働く場合があるのではあるまいか?               
(*)「荒れ狂う」* 編集者で校正